My Journal in Boston
旧ボストンで倹約生活ブログ。2009年9月より夫の臨床留学に伴い2年間の予定でボストンに住んでいます。ボストンでの主婦、育児ブログ。2009年4月まで3年間ミネソタ州ロチェスターに住んでいました。その時の記録はこちらでhttp://rochester.cocolog-nifty.com/blog/
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被災地からの報告1
夫は昨日無事に帰宅しました。元気そうです。ご心配をありがとうございました。

夫と共に、私の友人でボストン日本人女性の会にも所属している看護師の原田奈穂子さんが被災地入りされ、レポートを送って下さいました。何か公的な物、それに近い物に載せられたら、と思うのですが、とりあえず、そういった準備ができるまで、ここに載せさせていただきます(許可済です。が、こんなブログですみませんという感じ‥)。ブログ等へこの記事のリンクの貼りつけ、メールやツイッター、facebookへのアドレスの転送、歓迎いたします(この記事そのものをコピペし、メールを転送することはご遠慮下さい。情報ソース元が分からなくなってしまうので)。
http://bostonharvard.blog38.fc2.com/blog-entry-327.html




3月11日に宮城県沖で発生した東北関東大震災発生を受け、米・ボストンで臨床医をしている医師3名(日本人医師2名、アメリカ人医師1名)とともにTMATの一員として被災地で活動したご報告をさせていただきたいと思います。

3月13日にボストンを出発し成田へ、そのまま救急車にて仙台徳洲会病院に到着、翌14日より18日まで気仙沼市の階上(はしがみ)中学校の仮設診療所にて、1200人(そこに非難されている方+徒歩でいらっしゃる方+往診)のケアをさせていただきました。

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3月18日現在の状況としては、階上地区はライフラインは復旧しておりません。軽油での発電機による電気は確保できています。水はタンクからのものを使用しています。洗濯は被災者の方は近所の川へ行っていました。ガスは通っていません。食料やその他の救援物資は、自衛隊や赤十字から届いており、また元々半自給自足だった土地で有ることが幸いして、最低限確保できていました。
家が倒壊していない方達も家での生活が不可能なので、食糧の配給をもらいに学校にいらしている方が多いです。もともと、下水が整備されていない地区なので、不幸中の幸いで、トイレは自宅のいわゆる”ぼっとん”トイレを使うことができています。火はカセットコンロを使って煮炊きを個人でされている方もいます。


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健康問題としては
・慢性期の患者さんの継続投薬:かなりの数の病院が機能を回復しつつあります。ただし血圧治療薬、抗凝固薬、インスリンなど必須薬品に限ってのみ処方が可能という状況です。
・小児科:受診希望が多くあり、今後小児科を診られる医師、NP、PAが必要になってくると思われます。
・その他:インフルエンザ、長期避難生活による疲労、ストレス、倒壊した家屋などの撤去作業に起因する怪我や精神的な問題も起きてくると予想されます。


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ニュースの多くは悲惨な状況を伝えていると思います。
それも事実ですが、私が実際、気仙沼の被災者の方達と触れて感じたのは、多くの人がコミュニティの力を最大限に活用し、助け合い、避難所の中で新しい”町”を作ろうとしていることです。都市と異なり、近所付き合いのまだ強い地域であることが幸いしたのでしょうか。
家庭科調理室でおば様方が食事を作り、中高生が力仕事をし、お年を召した方が小さなお子さんの面倒をみているのを見ると、人のしなやかさ、逞しさを改めて実感しました。


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また、自衛隊、救急隊、消防隊の方々のご活躍は、本当に素晴らしいです。黙々と、私には到底できないことして下さっていました。今被災地や福島原発で働いてる隊員さんがこのメッセージ見てるとも思いませんが、感謝したいと思います。

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支援は長期に渡ることが明確であり、今後交代で現地での医療活動を継続するために医療者は不足しています。
人を搬送するにも、その為の人員、救急搬送車、ガソリンが必要なので、TMATとしては、今後はチーム(ロジスティクス、看護師、医師から編成されます) を作り、チームを交代することによって活動を継続していくとのことです。1チームの現地滞在期間は4日ほどになるとのことでした。これは、人を関東から運ぶにも、運ぶ車両、燃料、運転手2人が必要なので効率化を図るためだそうです。また、長期支援になるので、できるだけ効率的にチームを作ってメンバーが疲弊しないうちに交代して、必要なら同じ人を再投入したいということです。

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医療者不足を補うために、海外から医療従事者を派遣することについてですが、今回、看護師という役割と共にアメリカ人医師の通訳としても機能した経験から、私個人の意見としては、日本語のできない医療者が現地に入ることはあまりお勧めしません。
NP、PAが特別措置を取られたことを鑑みれば、絶対的に医療者が不足していることは間違いないのです。
しかしそれは、独立性を持って日本人の治療に当たれる人間が必要なのであって、同時通訳者が必要であっては、食料や他の資源活用のことを考えるとあまりいいことではないのではと思います。

今、現地は完全に亜急性期を脱しつつあります。

必要なのはフィジカルケアに加え、メンタルケアを適宜提供できる能力だと私は考えます。文化背景の違う医療者に合わせる余力を、被災者の人たちは持ち合わせていません。
日本人なら必ずしもわかるのか?と言われるとそうではないですが、しかしあえて申し上げると、米軍基地が基地内病院に非日本人医療者を招聘して、そこに日本人患者が搬送されるならともかく、現地に必要なのは日本人医療者もしくは日本語(医療用語、日常用語ともに)を通訳なしで話せる非日本人医療者を派遣するべきだと私は考えます。

ただ、医療援助以外のことについては、日本語を話さなくてもできる援助はたくさんあると思います。
私が滞在した中学校でも、メキシコからのレスキューグループが来ていて、10人ほどのチームでかろうじて英語を話す方が2人いるだけでしたが、危険物がごろごろしている道なき道を歩いて、瓦礫の山を捜索するという、私がしていることの何倍も危険なことをして、彼らは日本を支えてくれています。
医療に限っては、2つの国(日本、アメリカ)で医療者としての経験を持つものとして、自分自身が患者として2つの国の医療に関わったものとして、やはり言葉の壁があるのは大きいのでは、と思います。


今後メンタルケアも、とても大事なものになってくると思います。
それと既存の医療システム、福祉システムのプロバイダーの人たちへの支援が非常に大事なのではないかと思います。
地域看護、医療を行う看護師、保健師の方たちも被災者でありながら、24時間体制で被災者を支えています。
私は、いわゆる外部支援者としていったわけであり、今後、超長期的な復興に向けては、地域に根ざして医療、介護、福祉を実践してきた地元のプロバイダーの力に到底及ぶものではないと感じています。
このプロバイダーの方達へどのように外部サポートが関われるか、みなさまの御知恵を頂戴できればと思います。




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文責;原田奈穂子(写真中央、メキシコからのレスキュー隊の方々と) 
Nahoko Harada MSN,RN
看護師(日・米)。聖路加看護大学卒業後、主に救急集中治療の臨床経験を積み、渡米。University of Pennsylvania にて修士(Acute Care のNPプログラム)取得。Boston Collage 看護学部博士課程在籍中。




奈穂子さんは、再び、明日から被災地入りするそうです。
またレポートをしていただきたいと思っております。
→第二回目のレポートはこちら毎日の被災地でのTMATの活動はこちらからチェックできます。

宜しければ、ご質問ご意見ご感想、彼女へまたは被災地へ伝えてほしい応援のコメント等コメント欄に残していただければと思います。
コメント
被災地からの報告
ご主人様、立派な任務を遂行されての無事のご帰宅、本当にお疲れさまでした。みんなの日本のためにありがとう!!
原さんのレポート読ませていただきました。 現地の人々が困難な中でも逞しく生活を立ち上げようとされてる様子に逆にこちらが勇気づけられます。今、私が住んでいるメキヒコからのレスキューも一生懸命がんばってくれているとのこと、感謝です。
少しばかり英語が理解できる私でも、やはり医師やナースの方々と英語でコミュニケーションを取るのには不安もありますし、緊張もします。メンタルケアとなれば更に母国語での意思疎通が必要となるでしょうね。。
原さんはまたこれから被災地に戻られるとのこと、どうぞご自身の体調にもお気をつけてお過ごしください。 無事のご活躍をお祈りしております。
私のブログにもリンク貼らせていただきます。
[2011/03/22 11:02] URL | nami #7b5ftCBA [ 編集 ]


菅谷明子さんのツイッターより飛んできました。

ブログのエントリ、ありがとうございました。

原田さんを始め、現地で支援していらっしゃる方々の献身的なご活躍と、被災者の皆さんのお力で、少しでも状況が好転していくことを、心より願っております。

国内にいて、特別な技術もなく行く手段もないため、募金しか援助できていないことに忸怩たる思いを抱えつつ、自分ができることを考え続けていきたいと考えています。

どうか身体にお気を付けて、活動を続けていただきますよう、宜しくお伝え下さい。

[2011/03/22 20:30] URL | momoao #- [ 編集 ]

リンクの件
Kumikoさま、

この度は貴重な現地での情報を紹介してくださりありがとうございました。
現地で任務につかれる皆様方の素晴らしい活動に感謝しております。
今日、私のブログでもリンクさせていただきました。
ありがとうございました。
[2011/03/25 10:27] URL | Ritsuko #- [ 編集 ]


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プロフィール

kumikoatboston

Author:kumikoatboston
2009年9月よりアメリカボストン(ブルックライン)に住んでいます。2006年から3年間はミネソタ州ロチェスターに住んでいました。

夫と2007年5月生まれの健太、2010年11月生まれの美咲の4人家族です。
主婦ときどきナース。
ボストン日本人女性の会、ボストン日本人ナースの会、ボストン日本人マタニティサポートグループに所属。

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