My Journal in Boston
旧ボストンで倹約生活ブログ。2009年9月より夫の臨床留学に伴い2年間の予定でボストンに住んでいます。ボストンでの主婦、育児ブログ。2009年4月まで3年間ミネソタ州ロチェスターに住んでいました。その時の記録はこちらでhttp://rochester.cocolog-nifty.com/blog/
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被災地からの報告3
先日掲載させていただいた、原田奈穂子さんの報告その2が入りましたので、ご本人の許可を得て掲載させていただきます。第一回目の報告はこちら




第一回目(3月14日から18日)の活動から帰任直後、TMAT本部から、日本語を話せないハワイからの米国人医師の医療援助申し入れがあるとのことで、通訳兼看護師として3月23日から28日まで第二回目の活動に当たってきたのでご報告したいと思います。今回も第1回目と同じくTMATの活動地、宮城県気仙沼市階上(はしがみ)地区に行って参りました。

今回の活動報告は全体的に少し医療者よりになってしまったきらいがあるのをご了承下さい。

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気仙沼観光のマスコット、ホヤぼーやTシャツです。

最初に少し町の印象を報告したいと思います。2度目に戻った気仙沼は、多くの土砂や倒壊した家屋が整備され、区画が見て判る様になってきていました。多くの道も応急的なのでしょうが舗装もされ、通行しやすくなってきています。写真が取れず皆さんと共有できないのが悔やまれるのですが、自衛隊の方々が一列になり道路と歩道の段差の間にたまった泥をシャベルで掻きだし、道路を整備されているのを救急車内から見たときは、ただ頭を下げるしかありませんでした。

階上中学校の避難所では簡易トイレも増設、暖房機材も潤沢に整備されていました。4月1日現在、階上地区は電気と水道が復旧しており、学校に避難されていた方も最大時の1200名以上から800人ほどまで減っているようです。

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階上地区の地域看護師/保健師の方達と。連携の要の方たちです。

第1回目の活動時ご一緒したすばらしいスタッフの方々が構築した診療所が継続発展されていて、非常に安定した医療支援を提供できる場になっていました。第1回目でご一緒した野田一成先生、私が第1回目の活動中に被災地入りされたアラバマのNP山之内薫さん方と活動に当たることができ、第1回目の活動時に拝見した多くの患者さんに継続した視点を持ち医療活動ができたことが、私にとって、もっとも意義のある経験になりました。

活動内容は診療所での診察、近隣の避難所への巡回診療、高次医療が必要な患者さんの搬送と第1回目とそれほど大きく変わるものはありませんでした。

診療所は前回は24時間診療だったのですが、避難所の方々の状態がかなり安定されたこと、被災されなかったか被害が比較的少なかった地域の医療機関が業務再開を果たしたことが影響し、午前中3時間と午後4時間の2診制を敷くまでになりました。但し時間外でも来訪された方や、市の保健師/看護師の方から依頼を受けた場合はもちろん診療に当たります。加えて、近隣の医療支援団体が入っていなかった面瀬(おもせ)中学校にも隔日で診療所を開く形で医療活動を行いました。

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巡回診療先にてDr.G.Kuniyoshiと

主な疾患は前回と多少変化したと見受けます。前回は被災中に浸水したことによる感冒症状や肺炎、軽度の外傷、定期処方薬の喪失が主でした。今回は被災以降の感冒症状、喘息発作、アレルギー症状、また倒壊した家屋の整理や未だ行方不明の家族を捜索する際、屋外で軽い怪我をした方が多い印象です。

震災以降、東北地区はほぼ毎日の割合で雪やあられが時折降るというまだまだ寒さの厳しい状況が続き、校舎や体育館など安定した温湿度管理が難しい環境だったので、感冒を罹られる方は多数おられました。階上中学校ではインフルエンザ予防対策で、前回活動時からトイレ後に井戸水による手洗いとマスク着用の励行したことが功を奏してか、インフルエンザは今回活動中1名のみ陽性反応が認められたに留まりました。

その他の喘息、アレルギー、軽度外傷は避難生活が長期化してきたことに追随するのではないかと印象を持ちました。もちろん季節的要因も大きいと思うのですが、防寒対策のため床に何枚も毛布を敷き、その上で食事、就寝と日常生活をされますし、家屋整理や家族の捜索で長時間屋外で作業された服でそのまま避難所に戻ることが、喘息やアレルギー症状発症に繋がるのではと考えます。また、支援物資でストーブが入り暖が取れるのは大変有り難いのですが、空気が乾燥してしまい、上気道症状をかなりの方が訴えられていました。

軽度外傷に関しては,釘やガラス片などが長靴や軍手を貫通して四肢に刺さる症例を多く見かけました。巡回診療の際には破傷風トキソイドが必携でした。

但し、階上地区は27日の時点で電気が復旧,29日夜には水道も復旧した模様ですから、また状況は変わることが予想されます。
ライフラインや支援物資の供給状況、道路の復興状況によって被災者の疾患プロファイルが変動することも今回初めて学びました。
また階上中学校では前回活動中に、当初土足だった避難所を中高生スタッフが掃き拭き掃除をして全館土足禁止にしていました。アメリカのように土足の文化ではもっと早い段階から喘息やアレルギーが頻発したり、インフルエンザのアウトブレイクなど公衆衛生の面での危険因子が、日本特有の文化のためある程度抑えられたのかな、と思ったことを追記したいと思います。

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寝たきりの在宅の方の褥瘡の相談を受けての巡回診療

精神、心理的な面について私の観察した事象に限られた範囲ではありますが、報告させていただきたいと思います。テレビでは心のケアの重要性が連呼されていますが、被災地で被災者の方々のニーズにあった精神科診療の実施にはまだまだという印象です。

宮城県の医療支援団体の全体会議に参加させて頂いた時、現地で活動されている精神科医の方は総勢で5名でした。会議の際、1人の精神科医自ら「継続性を重視した医療提供を」と提案され、翌日に全員宮城を離れる予定だったのですが、精神科診療のシステム作りをすべく、全員が滞在を延ばす事になりました。このように日々、被災者へのサポート体制が整えられていくことに頼もしく思う一方、児童心理や震災前から精神科疾患を持つ方へのサポートが充実されていくことを願います。

又、今回の活動中には震災前に精神心理面で医療機関には罹ってはいなかったけれど、ストレスへの耐性が低い方が、徐々にいろいろな症状を呈してきているのではないかという印象を受けました。私が活動に当たった地区は、前回活動時から、食料、毛布等は比較的安定した供給がされていましたし、TMATベースの薬剤の種類や医療機器(AED、12誘導心電図等)も充実してきており、比較的早期の段階から比較的質の高い医療を提供できていた印象です。そのような比較的安定している環境になって初めて、被災したことに因るストレス反応に気づき、不眠やいらいらした気持ちを相談に来る、又はパニック発作のような症状を起こし搬送される方が増えてきた印象です。このような方たちもスクリーニングできればと思う反面、外部からの医療支援としてきている私達にどれほど精神的な問題を相談してくれるのか、という疑問も持ちました。

というのは、もともと精神心理の問題はセンシティブであるのは周知のことですし、加えて東北地方の文化を共有しない外部からの支援者を被災地の方はどう受け止めているのだろうと気になるのです。短い滞在の間に聞きなれない地方特有の表現を耳にし、なんとおっしゃっているのかを何度も聞き返さねばならなかった私は、患者さんに対して非常に申し訳なく思うのです。
今回私は身体的、心理的どちらを重点的に診たのかと問われたら、身体的であると答えざるを得ません。英語のみを話す医師との共同作業ですから通常の診察よりも時間も掛かったということもあります。
しかし、言葉の問題がなかったとしても、不眠を理由に受診に来られた方がどれだけ私に心を開いて相談して下さっていたのかは、推し量るしか術がありません。

気仙沼は半農半漁の都市です。漁師の方特有の気質や、地域特有の文化風土もあるでしょう。このような広域災害時の精神的ケアを試みる時、こういった副次的な要素をどれだけ考慮すべきなのか、不勉強の私は知らないまま現地の活動に当たってしまいました。私自身の研究の焦点は心身両面の外傷であり、PTSDも含みますが、今までこの点に触れている欧米の文献は読んだことがありません。今後個人的な課題として探求したいと思いますが、今回被災された方々の精神心理側面に向きあうとき、見過ごしてはいけない点ではないかと個人的に考えさせられたことを報告したいと思います。どんな時でも医療者は医療倫理の”Do not harm.”の原則を忘れてはいけないと思うのです。

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今回のミッションの最後の日のTMATメンバー

最後にこのような貴重な機会を私に下さり、アメリカからの派遣と現地調整を震災直後から現在にかけて行って下さっている徳洲会鈴木理事とBWHの鈴木ありさ先生に深く御礼申し上げたいと思います。

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山之内薫NPと住谷樹絵梨PAと私(中央




文責;原田奈穂子
Nahoko Harada MSN,RN
看護師(日・米)。聖路加看護大学卒業後、主に救急集中治療の臨床経験を積み、渡米。University of Pennsylvania にて修士(Acute Care のNPプログラム)取得。Boston Collage 看護学部博士課程在籍中。


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[2011/04/03 11:48] | # [ 編集 ]


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kumikoatboston

Author:kumikoatboston
2009年9月よりアメリカボストン(ブルックライン)に住んでいます。2006年から3年間はミネソタ州ロチェスターに住んでいました。

夫と2007年5月生まれの健太、2010年11月生まれの美咲の4人家族です。
主婦ときどきナース。
ボストン日本人女性の会、ボストン日本人ナースの会、ボストン日本人マタニティサポートグループに所属。

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